バイオミメティック錯体機能化学研究室(引地研究室) Hikichi Lab.

神奈川大学 化学生命学部 応用化学科 Kanagawa University

研究内容

私たちの研究の基本姿勢 ―生物に学ぶ物質合成―

現代の私たちの生活は、化学技術を利用した様々な物質生産によって支えられています。しかし地球上の資源には限りがあり、環境問題など科学技術の発展に伴う弊害もあります。従って私たちの生活をより豊かにしていくためには、資源を有効に活用しながら、環境に負荷をかけない(有害な廃棄物を出さない)物質生産の方法を確立していく必要があります。 

ところで生き物の活動は体内での様々な化学反応によって成り立っています。生体内での化学反応も試験管内での化学反応と本質的に同じですが、試験管内では起こりにくい反応でも生体内にはそれを極めで穏やかな条件(生き物が生育できる環境)で効率よく進行させてしまう仕組みが備わっています。つまり「生体反応は、資源やエネルギーを無駄にせずに、しかも環境に対する負荷が小さい物質生産方法のとても良いお手本である」と考えられます。そこで私たちは、生体系が持つ効率よく化学反応を進行させる仕組みを解き明かし、それを利用して様々な物質を作り出す技術へと応用発展させていくことを目指しています。そして“酸化反応を効率よく進行させる触媒”が私たちが現在最も力を入れて取り組んでいる研究課題です。なぜならば意外にも酸化反応が難しい反応であり、その一方で生体内ではその難しい反応が大変効率よく進行しているからです。

酸化反応は難しい

酸化反応は様々な化学反応の中でも物質生産を行う上で基本的かつ重要な反応のひとつです。例えば炭化水素に酸素原子を1個だけ放り込んでアルコールを作ることを考えてみましょう(式1)。

Oxidation

一見単純な反応ですが、この反応を人工的に100%の効率で進行させることに、人類は未だ成功していません。なぜならこのような“酸化反応”は、本質的には物が燃える反応と同じであり、式1の反応では飽和炭化水素(アルカン)が完全に燃え尽きて水と二酸化炭素になってしまうところの遙か手前の状態で反応をストップさせてアルコールを取り出そうとしているからです。また酸素分子はそのままの状態では炭化水素をはじめとする多くの有機化合物とは反応しないように、特殊な電子構造を持っています(もしも酸素分子が自発的に様々な有機化合物と反応してしまうのであれば、酸素呼吸をしている我々は体の内側からぼろぼろになってしまうでしょう)。そこで“触媒”を使って酸素の性質を変化させてやり、うまく反応を進行させる仕組みが必要になります。

ある種の生物の体の中では“酵素(=触媒として機能するタンパク質)”という “天然の触媒”のはたらきにより、この難しい反応(たとえばメタンガスからのメタノール合成:式2)が常温・常圧というきわめて温和な条件でほぼ100%の効率で進行していることが知られています。このような酵素と同様な反応を人工的に達成することは私たちを含めた多くの化学者達の夢です。  

Oxidation  

人工酵素を目指して

酵素は大変高性能な触媒であり、これ自体を物質生産のための道具(=触媒)として用いることも可能ですが、酵素はタンパク質であるために条件によっては熱や化学反応によって変性して(性質が変化してしまい)、機能しなくなってしまうという弱点も持ちます。また酵素の特徴として“基質・反応特異性(ある特定の物質の反応だけを進行させる性質)”がありますが、そのためにある酵素を別の物質を用いた反応の触媒として用いることは難しいということがあります。したがって、実験室や工業的な規模での物質生産を行うための触媒としては、デリケートな“天然触媒”よりも取り扱いが容易な“人工触媒”のほうが有利な場合が多いと考えられます。  

酵素には、金属イオンを持つことで触媒機能を発現しているものがあります(メタン水酸化酵素もその一例です)。これを“金属酵素”と呼びます。金属酵素においては、窒素、酸素、硫黄などを含むアミノ酸などが結合した金属イオンが触媒活性点(実際に化学反応が起こる場所)になっています。この触媒活性点は、金属の種類や酸化状態、および結合しているアミノ酸の組み合わせや配置に応じてその性質が変化し、その結果高い触媒活性を発揮すると考えられています。  

そこで私たちは酵素中での金属イオンの環境を参考にして、同様な構造をもつ化合物(これを“金属錯体”と呼びます)を精密にデザインし、酵素と同様な機能を持つ金属錯体触媒、つまり“人工酵素”を開発することを目標として研究に取り組んでいます。  

Oxidation

ページのトップへ戻る